団塊おやじの徒然からの逃避録

舞鶴と言えば ここ引揚記念館を抜きには 語れません!

   

今日は今年最後とも思われる絶好の晴天の中、出勤前の『我がピンコロトレーニング場』から見た、紅葉に覆われ下弦の月を頂く『河田前方後円墳』と朝日に輝く『霊峰白山』を堪能しながら、会社に出勤してまいりました。

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それでは、本題に入りますが、『舞鶴引揚記念館』は昭和63年(1988年)多くの引揚者が祖国への第一歩を踏みしめ、人生の再スタートを切ったこの地に、全国からの寄付金を受けて設立されました。
そして戦後70年を迎えた今年(平成27年)、収蔵資料の中から570点が、特に希少性が高く、世界的にも重要性を持ち、広く世界の人々が共有すべき資料として『ユネスコの世界遺産』に登録されました。
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記念館内部は、日本本国への苦難に満ちた引き揚げと筆舌に尽くしがたい旧ソ連領内の抑留生活の歴史を後世に伝え、平和の尊さを世界に発信しています。
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IMG_0253IMG_0254IMG_0256私事になりますが、家内の今は亡きお父さんは、終戦後長期に渡りシベリアに抑留され、強制労働を強いられ、ご自身の努力と運が報われ帰国がかなったそうです。抑留中の経験等に付きましては多くは語られませんでしたが、今回の引揚記念館を見学して、その大変なご苦労が偲ばれてきました。

IMG_0257IMG_0260上の写真のご婦人は、ご子息の戦死の知らせを受けながら、それでも毎日毎日岸壁に立ち、息子の帰還を信じ、待ちに待ち、歌にも歌われた『岸壁の母』の端野いせさんです。当時の心境を思いやり、涙をそそられてしまいます。
下の写真が、帰還兵を待ち受けた『引揚桟橋』の復元です。

今回、舞鶴海上自衛隊、赤れんが博物館、舞鶴引揚記念館を見学させて頂きましたが、本当に有意義な見学であり、戦争の悲惨さを切に実感しました。
皆様にも、一度は見学されることをお勧めしたい、スポットの一つです。

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